kokorononekkoのブログ

自分が裸になることで見えてきた景色たち

次のフェーズ

なんだろ
余裕があった最近、ここ2年ほど・・


というか 余裕を持つことを頑なに拒否していた自分がいて
そんな自分に余裕を与えることを自分で許すことができた結果


ようやく
周囲からもたらされた余裕


これを存分に味わわせてもらっていた


なのにその余裕を食べてみたら
そんなに美味しくなかったと思う自分になっちゃって


この現象は
”欲しいものは手に入れたら魅力をなくす”ということなのだろうかなぁ
人間あるあるだなぁ




私は小さい頃からずっと余裕なく生きてきた
その渦中にいたから全然気づいていなかったのだ、余裕がないことに


いつもいつも
誰かを気にしていて
何かに追われていて




そこからようやく抜けて
自分の世界に来てみたけど
ここがゴールということではなかったようで


もう少し、何かを頑張りたいんだろう


もう少し、誰かのことを何かのことをよくしたい


偉そうだけど
本当にそうなのだ




自分だけで満たされたかった過去


そしてそれが叶ってしまうと、味わいつくすと、


やっぱり一人だけではない
誰かと一緒に・・
循環したい、っていう言葉が一番近いかな


一人の時よりも大きく循環したいんだなぁ、私


もちろん自分の子供とでもいいのだ
けど子供は子供


親から子に対しては
小さい時から知っている分、いろいろ尽くしてきたような気になりやすい分、
気持ちが強くなりがちだから、気をつけないと
どんどん親だけが老いて弱っていくから、依存してしまうことのないようにしないと


私と子供との関係というのは
互いに近い場所で影響し合いながら、というだけで
お互いそれぞれが本当に合う人と循環して自分を高めていきたいと思う


そこは大切に大切に、これからも近くで感じていきながら



私の世界で繋がる人、循環できる人、物事を大切にしていく
そして循環して誰かと何かを分けあっていく
ちょっと頑張る ということが、無理なく自然体でできる自分でいたい